都市デザインの実践

  • ● 都市環境に大切な価値観

     横浜市では次の7つの考え方を、都市の公共空間や市民生活のにとって大切な価値観として、都市デザインの活動を進めてきました。

    1、地域の地形や植生などの自然的特徴を大切にする




    2、オープンスペースや緑を大切にし確保する




    3、海や川などの水辺空間を大切にする




    4、地域の歴史的、文化的資産を大切にする




    5、安全で快適な歩行者空間を大切にし確保する




    6、人々が触れあい、交流できる広場を増やす




    7、建物や街並みの形態的、視覚的美しさを整える





     こうした価値観は、横浜市が活動を始めた1960年代の頃は、社会的経済的に非常に弱い立場にありました。
     特に公共的事業を行う際には、配慮をする必要がない価値観とされたばかりか、こうした価値観を求めてはいけないとさえ言われていた時代でした。

     しかし,、現在では当時とは反対に、これらの価値観は大切なこととされ、市民的にも支持を受けて、多くの自治体では街づくりを進めるに当たっての目標として掲げるようになっています。

     都市デザインは、こうした価値観をベースに、街全体や市民生活の立場から公共空間の質を高め、それぞれの現場に応じた新しい価値を生み出し、魅力と個性を創り育てていこうとする創造活動です。
     生き物のように変化する街を対象にする都市デザイン活動に、完成形はありません。


    ● 横割りの取り組み


     都市において市民生活が営まれる生活環境は、多くのさまざまな施設で構成されています。
     それらの施設を樹木に例えると、幹にあたる河川、鉄道、道路、公園、広場などと、葉や花にあたる建築物などがあります。

     前者は都市の骨格となり、後者は街に立体的な空間と市民生活を創り出します。
     国や地方自治体による街づくりは、前者の計画や事業を行い、後者の規制や誘導を図ることで進められています。

     それは縦割りの組織によって行われ、どこにどれほどの規模のものをどのように配置するかという、都市施設の的な側面についての取り組みでした。

     しかし、美しい街や快適な市民生活の場を創り育てるためには、そうした都市環境の的な側面についての企画や調整が必要です。

     それが都市デザインの活動で、縦割りの組織で進められる街づくりのプロセスに街全体と市民生活の両方の観点からの総合的な判断による横割りの取り組みによって可能となります。

     2005年に「景観法」という法律がつくられ、都市空間の質にかかわる「景観」という価値が初めて法律に登場しました。

     街の状況にもよりますが、地方自治体が「景観法」を縦割りの業務として取り組むと、表面的な化粧の問題だけを扱うことになりかねず、街づくりとしては、効果的な成果に結びつかない可能性があります。

     目に見える「景観」という価値は、街づくりの総合的な結果ですので、質の高い都市空間の形成を目指して、横割りで取り組む都市デザインの活動として取り組むことが大切です。

     地方自治体の都市デザインに対する理解や姿勢、そしてその活動を行う職員の実践力がカギになります。
     さまざまな街づくりのプロセスに、継続的に横割りの調整をする立場と、創造力のある人材が求められます。


     参考:
    景観法による取り組みにあたって(長崎県講演2008.1.25)  


    ● 街づくりへの参加と協働

     都市デザインの現場での活動は、街づくりに関係するさまざまな立場の人々や施設などの関係を、具体的に調整する活動です。

     対象となる施設は、都市空間を構成する道路や広場、公園などの公共の施設と、業務や商業、住宅などの民間の施設の両者です。

     調整の基本となる考え方は、多くの市民が創り守り育てたいと賛同し、共有できるような快適性や美しさなどの質にかかわる公共性のある価値観です。

     そのため活動の主体は、多くの場合、街づくりに責任のある地方自治体が中心になります。

     現場での具体的な活動は、例えば、地域や街全体にとって大切な目標や価値観を図面などで示し、建築物などそれぞれの施設が求める目標や価値観との関係を調整します。

     そうした一つ一つの調整の結果の積み重ねが、具体的な街の公共空間を創っていきます。
     こうして街づくりへの参加と協働をしなやかに得ることが、現場での都市デザインの活動に求められます。

     参加と協働を得るための仕組みとして、地域やテーマについて守るべき価値観がはっきりしている場合には、そのための何らかのルールも必要です。

     法律に基づくものとしては「建築協定」や「緑化協定」などがありますが、「街づくり協定」という地域での自主的な取り決めもあります。

     横浜市ではさらに独自の制度として、「市街地環境設計制度」「山手地区景観風致保全要綱」「街づくり協議地区制度」「歴史を生かしたまちづくり要綱」などを制定し、こうした制度を活用しながら街づくりを進めました。

     そして協議調整の具体的な現場では、一つ一つそれぞれの状況を踏まえ、公共空間の新しい価値に如何に結びつくかを考えながら、活動を行ってきました。


     参考:横浜協働の都市デザイン 横浜の都市デザインの意義と役割
       (JUDI NEWS 030)



    ● 都市デザイン活動の特徴

     こうした都市デザインの活動について、その特徴と思えることについて考えてみます。

     ・ 都市と建築の間を、街づくりと市民生活の立場でつなぐ
     都市全体の基幹施設や土地利用の計画と、個々の建築物との関係を、街づくりと市民生活の場の形成を図る立場で結びつけます。

     それは機能性や経済性などとともに、快適性や美しさなどの価値観を大切に、街づくりの目標に沿って調整を行い、街の個性や魅力につなげる活動です。

     ・ 一万分の一から原寸までを、ヒューマンスケールでつなぐ
     活動の対象とするものは、都市全体から一つ一つの建物や道路の舗装や街路灯などのディテールに至るまで、スケールでいえば一万分の一から原寸に至るまでの広い範囲にわたります。

     そうした街づくりに関わるものの計画や設計、事業などについて、その背景にある技術や価値観などに配慮しながら、ヒューマンスケールの価値観を中心につなぐ活動です。

     ・ 企画から現場までをつなぐ
     街づくりのプロセスに参加するさまざまな事業は、企画、計画、設計、建設、管理運営の全体を通して、街づくりが目標とする、公共空間の質に関わる価値観が反映されていることが大切です。
     
     事業内容や事業主体、あるいは担当者などの変化があった場合でも、街づくりが目指す価値観をつなぐことも求められる活動です。

     ・ 立場をつなぐ
     街づくりに関わる立場には、例えば住民、旅人、専門家、企業、行政などがあり、それぞれの立場の中にも、さらに多様な立場があります。
     そして、それぞれの立場によって街づくりに求める価値観は異なる場合が多いと思います。

     そうした価値観を調整しながら、街づくり全体としての目標を定め、それに沿ってさまざまな立場をつないでいく活動です。

     ・ 分野をつなぐ
     街づくりに関わる専門分野には、例えば都市、土木、建築、造園などがあり、それぞれの分野の中にも、さらに多様な分野があります。
     そして、それぞれの分野によって街づくりに求める価値観は異なりがちです。

     そうした価値観を調整しながら、街づくり全体としての目標を定め、それに沿ってさまざまな分野をつないでいく活動です。


     参考:都市環境への共通理解育てよ(日経アーキテクチュア1993.8.2)


     ・ 現場での実践力
     現実の街づくりは、多くの立場や人が関わり、そのプロセスには背景となる環境などの変化もあり、観念論や計画論、設計論や評論などだけでは目標の達成に結びつきません。

     現場における柔軟な対応力や実践力が問われる活動です。

     ・ 街はいろいろ、都市デザインもいろいろ
     街は、それぞれの生い立ちや地理的条件などの背景がさまざまであり、成熟した街や発展途上の街、市民意識の違いなど、さまざまな状況によって、街づくりの取り組み方もさまざまです。

     街づくりのテーマや都市デザインの取り組み方には共通する側面もありますが、それぞれの街に応じた対応や工夫がいる活動です。

     ・ 個性と魅力ある街を育くみ続ける創造活動
     都市は、社会経済状況の動き、関わる人々や市民生活の変化などによって変化をしています。
     変化をしながら生き続ける生き物のようです。

     都市デザインの最も大きな特徴は、こうした都市を対象に、街づくりや市民生活に寄り添いながら、個性と魅力ある都市空間や環境をしなやかに創り、育くみ続ける活動です。

     そのため都市デザインは、一定の条件の下で完成する空間を求める建築設計や、それと同様な行為の延長上にとらえる都市設計という概念とは異なります。


     参考:都市デザイン考 
    (この原稿は、1996年に旧建設省が都市デザインの普及を図りたいと開催した「美しい街づくり懇話会」の成果を受け、企画された出版物のために寄稿した原稿の一つですが、出版は実現していません)